「七」の凶暴性

 と、表現したのは、歌舞伎等を研究した早稲田の故・郡司正勝。直弟子がうちの先生なので、私は一応郡司先生の孫弟子ということに相成ります。郡司先生、すんません……(何が(^^;))。

 先日、『奇談』に関する記事で、「7歳」というのをちょっとだけピックアップ(?)してお書きしたのですが、やっぱり七という数字は、他の数字にはないものを含んでいるなあと、改めて考えていたりします。

 「七つ前までは神のうち」ということは、7歳になると「氏子入り」といって、氏神の信徒に数えられるようになるわけですが、郡司先生は『和数考』(白水社・1997年)の中で、

子供が七五三といって、七歳で神詣りをして祝い、「この子の七つのお祝に」などと童謡にも唄うが、実は「七」がめでたい数となるためには「七」歳は不完全の完結ということの物忌の明けということになる。「神の申子は長生きができぬ」といわれるのも、その帰趨する期が定まっているからであろう。

と述べており、7歳になるまでは、いわば「物忌」に相当する期間であって、無事に7歳を迎えると、それが明け、「ひと」と成る。神とひとの間のトンネルのようなところから人間界に出てくる、そういうふうに考えられていたということなのだろうと思います。「神の申子は長生きができぬ」というのは、神のような力を持ついわゆる「神童」は、7歳までしか生きられない運命にあると考えられていたということではないでしょうか。これは昔の子どもというのは死亡率も高く、およそ7歳くらいまでに亡くなってしまう子も多かったことも、ひとつの要因となって生まれた観念でもあろうと想像します。

 七という数字は、英語圏では「ラッキー7」といって福数ですが、英語圏以外では、必ずしもそうではない。日本でも、よくよく見てみれば、七は不吉なもの、或いは呪術的なもの、怪異的なものについていることが多い。昔話でも、特に意味があるわけでもなさそうなのに、「七日」「七年」という経過時間がよく出てきます。人日といわれる正月七日は、日本では「七日節会(白馬節会)」ともいい、『枕草子』にもその様子が出てきますが、『和数考』にもあるように、この日は白馬を天皇がご覧になり邪気を払う儀式が行われたようで、本来的には「まがまがしい日」であったそうです。この日に七草を食べる風習が始まったのも、邪気払いの意味からであったといいますが、「小正月を迎えるための祓いの日」の意味を持っていたそうです。これは、「七月七日の七夕が、お盆を迎えるための禊ぎ祓いの日」であったのと同じことだそうで、この七夕というのも、そもそもが穢れを流しやる儀式を行う日であったといわれています。

 柳田国男監修の『民俗学辞典』(東京堂・1951年)で「七夕」の項目を見てみますと、古くは短冊をつけた笹を6日の晩に立てておき、7日の朝にはそれを流してしまう土地もあったそうです。なので、現代の我々が気にする「7月7日の晩」には、笹は残ってはいなかったといいます。この「流す」という行為が穢れを流す行為であり、本来的に「水」と深く結びついた行事であったようです。なものでそういう土地では、7日の晩に雨が降ってくれるのが良い、と考えられていたようで、雨が3粒(3という数字と5という数字も、7とともに、日本ではよく登場する呪数ですが)でも降ればよい、短冊がよく流れるような大雨が降るともっと良い、という土地もあったらしい。因幡の八頭では、この日に1粒でも雨が降ればいいが(雨によって疫が流れるからだと思われます)、降らないと、織姫と牽牛の二星が出会ってしまい、「疫病の子(おそらく疫病神)」が生まれてしまうからよくないと考えられていたといい、常陸の一部でも同様の考え方をしたそうです。

 七については書ききれないほど、関連する言葉がたくさんありますが、「八」が「正」の数、福や繁栄を表す無限大数だと考えられるのに対し、「七」はまがまがしい「負」の数、凶や滅びの無限大数的性格を持っているようです。これは、裏をかえせば「福」に転じる(転じさせようとすれば)数とも言えるかもしれません。「七福神」は、「七難」に対応し生まれた概念から来ているとも、郡司先生は言います。

 で、この七、そして「7歳」というのは、今まで恥ずかしくて黙っていましたが、うちの天使キャラのふたりにも関係している(というか、自分がそう設定しているだけ)数だったりするという。うへぇ、今更カミングアウト(?)。話がいきなりダメ(?)な展開に。

 うちの叔父天使ベリーランドと姪天使ハナカズラの年齢差は、7歳です。つまり、ベリーランドが7歳のときにハナカズラが生まれたわけで、長じてハナカズラが7歳になった年に、ふたりにとっての最後の「保護者」であった父(ハナカズラにとっては祖父)であるフクロージュが49歳で消滅し……、という。

 なんか、それを思い出しました(笑)。設定したときに、「7」の性格が念頭にちょっとあったので、全部7、或いは7×7にしといたら忘れないよな、と思ったのでした(^_^;)。うちの「天界」ってやつは、どうもやっぱりニホンの民俗が介入している部分があって(あんたのせいだよ、と自分に(笑))、「神の子」でなくなった7歳のときにベリーランドのターニングポイント(ハナカズラ誕生)、そして同じように7歳のときにハナカズラのターニングポイント(叔父さんと、ふたりぼっちになる)、という感じにしたのでした。

 それだけです(笑)。