扉が2度ノックされた。濡れた髪を拭きながらぼんやりしていたナーサディアは立ち上がる。
「はい?」
「私です。シーヴァス。お邪魔しても?」
「何かご用?」
 わざと事務的に彼女は尋ねた。
「飲み物をお持ちしたんですが」
「飲み物なら、もう十分ご用意いただいているようですけど」
 ベッドの傍らの戸棚には、果物のジュースであろう、ソフトドリンクの類の瓶が何本も見えた。
「いえ、そこに用意し忘れているものもありまして。申し訳ない」
 ナーサディアは扉をゆっくりと開けた。立っていたシーヴァスが、懐こく笑った。お邪魔しますと言って、部屋に入ってきた。彼は銀色の盆にグラスをいくつかと、氷の入ったボウル、そして黒っぽい背の低い瓶を載せていた。
「確かに、これと同じ瓶のものは、戸棚に無いみたい」
 盆の上の黒い瓶に顔を近づけるように軽く屈み、ナーサディアは言った。それは、ウィスキーのボトルだった。
「そうでしょう。うっかり忘れていましてね……」
 ナーサディアが促し、シーヴァスは盆をテーブルの上に置いた。ふたりはソファに腰を下ろす。
「ごめんなさいね、こんな格好で」
 入浴したばかりのナーサディアは、濡れた髪を背中に流して謝った。簡素な綿のシャツとスカートという身なりで、おどけるようにシーヴァスに笑ってみせた。シーヴァスは眼を細めた。
「シンプルで、とても魅力的です」
 ナーサディアも、何も言わずに笑った。恥ずかしげもなくそう言う彼の言葉自体には、思わず苦笑しそうになったのは事実だった。しかし、華やかで上質の身なりの女性と接する機会も多いであろう青年が見せた表情は、思いもかけず好ましいものであった。あの眼を細めた様子には、おそらく彼自身には無自覚であろう素朴さが見てとれた。その様子だけで、言葉はなくとも、彼が彼女の簡素な格好を、少なくとも嫌悪感を持って見ているのではないということはよくわかる。だからこそ、あとから彼が付け加えた賛辞が妙に可笑しかった。彼は、言葉を尽くさねばならない人間関係の中で生きているのかもしれないと、ナーサディアは思った。何か言葉でもって、言葉という形でもって、相手に提示せねば気が済まないのかもしれない。
 そんなことをしなくとも、このひとの眼や表情には、気持ちを伝える力がちゃんとあるのに。
 穿った見方かもしれないが、と思いながら、彼女はそんなことを考えた。
「ベリーランドは?」
 尋ねたナーサディアに、シーヴァスはマドラーを持った手を休めずに答える。
「下で祖母と、まだ談笑中のようです」
「お話が弾んでいるようね」
「そのようですね」
 よかったこと、と、ナーサディアはうわごとのようにつぶやいた。ふたりは男天使抜きで、先に一杯やることにした。
「そういえば、さっき言ってらした、クヴァールだったかしら、そこでおばあさまが会ったとかいう男のひとって?」
「ああ、あれですか。いや、初耳なんですよ、私も」
「ひょっとすると、ベリーランド本人だったりしてね」
 シーヴァスが手を止める。
「50年前の話ですよ」
 ナーサディアは、思わず含み笑いをする。
「あのひと、あれでも天使よ」
 一瞬押し黙ったシーヴァスは、やおら得心したという顔で、「なるほど」と声を上げた。
「50年前、あの天使はこの世に既にいたか」
「私もいたわ。一応ね」
 肩をすくめたナーサディアを、シーヴァスは見た。
「どう計算しても、あなたのおばあさまより、私の方が年上じゃないかしら」
 彼女は、そう付け加えた。シーヴァスは口を開け、空気を少し飲んだ。そして言った。
「見た目よりも、随分とご年配なわけですか」
「……あまり驚いてはくれないのね。ベリーランドから、もう聞いてまして?」
 さほど残念がってもいないような口ぶりで、ナーサディアは言った。
「いや、天使の“勇者”におなりの方だ。一筋縄ではいかない事情をおもちでも、おかしくはないと思いまして」
「あなたの“事情”は、一筋縄ではいかないの?」
 瞬間、またシーヴァスは押し黙った。が、すぐに、
「珍しくもなんともない、よくあることですよ、私のは」
と、真顔のままでかぶりを振った。


 飲み交わしていると、扉が叩かれた。シーヴァスが立ち上がり扉を開けると、男天使が立っている。
「ご用かい」
 意味深な笑みをかすかににじませて、シーヴァスがからかうように言う。が、ベリーランドは、紅い眼で彼を一瞥したのみで、何の反応も示さなかった。ひとこと「入っても?」と尋ねた。その声は、シーヴァスの背後のナーサディアに向けられていた。彼女が「どうぞ」と応えると同時にベリーランドは部屋に入ってくる。懐に手を差し入れ、取り出した渋皮色の手帳を開いた。それは、まるでシーヴァスがそこにいないかのような振る舞いに見えた。
「明日の目的地やが――」
 ベリーランドの言に、シーヴァスが眉根を寄せた。
「任務の話か?」
「ああ」
「明日?」
「ああ」
 ちょっと待てと、シーヴァスが制する。
「明日は、その、せっかくだからヨーストをご案内しようと思っていたんだが。もしくは、この邸内でゆっくりしていただいても――」
「気持ちはありがたいが、世界の危機は待ってはくれんらしくてね」
 表情を変えずにベリーランドは言った。にこりともしない。こんなときのこの天使の顔は、酷薄を通り越して、むしろ空虚で何もないように見えた。
「急ぎの任務? 何か事件でもあったの?」
 問うナーサディアに、ベリーランドは短く「さぁ?」と意味不明の返事をする。
「なぁに、それは。煮え切らない態度ね」
 いぶかしげにナーサディアが言うと、今度はベリーランドは、何故かうめくように言った。
「限界や……」
「限界? 何が」
「シーヴァスの婆ちゃんと、ボロ出さんように喋るんは、もうこれ以上は無理や」
 そう言って彼は、頭を抱えるような仕種をした。
 彼は一度、自分がカノーアの教会関係者だと名乗ってしまった手前、さきほどまでその建前上の身分を通してフォルクガング夫人と会話していたのである。矛盾さえ生じなければ構うまいと気楽に考えていたのが間違いだった。フォルクガング夫人は、思いの外話し好きの、また聞きたがりの婦人であった。ベリーランドは偽りの身分に徹して彼女と会話する以上、嘘に嘘を重ね、その嘘に矛盾が生じないように心を砕かねばならなかった。
「はは……、それは、大変だったな……」
 うわごとのようにつぶやき苦笑するシーヴァスを、ベリーランドは一瞥する。
「おまえ、どういうつもりやねん、さっさと上がってきて酒盛りなんぞ。一緒におってくれて、何ぞのときに助け舟出してくれな、こっちはどうなる思てんねん」
 彼独特の、口を尖らせるような顔をしてそう言う。
「いや、私がいた方が、君の言と矛盾することを、うっかり言ってしまってまずいかもしれんと思ったんだよ。それに、君と祖母の話は弾んでいるように見えたから、大丈夫だと――」
 そう言うシーヴァスに、ベリーランドは何か言いたげに一度口を開き、しかし声を飲み込むようにしてまた閉じた。
「――とにかく、長居して迷惑かけるのもナンやし、明日にでもお暇しようと思うのよ」
「ねえ、そんなに急がないといけないの?」
 不服そうにナーサディアが声を上げる。
「できれば私は、もう少しゆっくりしていたいわ」
「見ろ、彼女もそう言ってる」
「じゃあ、ナーサディアだけ滞在さしてもろたらええやん」
「悪いが、それは無理だ」
 きっぱりとシーヴァスは断じた。
「身勝手で申し訳ないが、私は女性をおひとりだけでお招きするということは避けているんだ」
「何でや」
「のちのち面倒の種になる」
「女の方が、おまえに特別扱いされてるっちゅうて、思い込んでしまうとかか? おいおい、こちらの姉さんは、おまえに入れ込んだりはすまいよ」
 ちらりとナーサディアを見やったベリーランドに、彼女は「あら」と小さく声を上げた。
「そんなこと、あなたにわかるの?」
「わかるよ」
 ベリーランドは即答した。シーヴァスの言がかぶさった。
「ああ、違うんだ。勿論、いつもはそういうことも念頭に置いてはいるんだが、それだけじゃない。もうひとつ厄介なのは、お招きした女性のことを、“特別な女性”だというふうに、家人がとってしまうおそれがあるということだ。そうなってしまうと、これが思いの外面倒でね」
「家人って、例えば婆ちゃんとか?」
「……まあな」
 フン、と、ベリーランドはかすかに鼻を鳴らした。
「前に何ぞあったような口ぶりやな。失敗したか」
「生憎と、これでも気をつけているのでね。厄介なことになる前の、“自重”という概念は持っている。失敗したことなど一度もない」
「意外と慎重でいらっしゃるのね」
「おわかりいただけましたか。ありがたい」
 ナーサディアに向かって、とっておきの笑みをシーヴァスは向ける。
「おまえの自論はどうでもええ。こっちにはこっちの都合があるわ。とにかく、おっちゃんは明日にはお暇するからな、姉さん連れて」
「あくまでもその気か」
「その気や」
「――姪御とやらが、気になるの?」
「ああ、まあ、それもある。ただな、悪いが、シーヴァスの婆ちゃんに身分を偽ったまま、これ以上話するんは、なかなか難しいと思うぞ。シーヴァスの婆ちゃん、話好きやろ?」
「まあな」
「ボロが出るって。無理。これ以上、無理」
 かすかに紅潮した顔で、ベリーランドは右手を扇ぐように振った。色白なため、赤みがさすと、すぐにわかる。
「ねえ、あなたたち、何か変よ。ふたりとも、妙に意固地になってる」
 やおらナーサディアがそう言った。男ふたりは、瞬間空気を飲むように押し黙ったが、すぐに同時に、「なってない」と口を合わせた。
「そうだ、君たちふたりが発つというのなら、私も一緒に行くとしようか」
「はぁ?」
 思いついたように言ったシーヴァスに、ベリーランドが頓狂な声を上げた。
「いや、こちらの話だ」
 すぐにシーヴァスは咳払いをしてそう言った。
「まあ、私は一泊させていただいただけでも、十分といえば十分だけど……」
 ナーサディアは少々不満顔である。
「決まりな」
 ベリーランドが言った。
「明日には、姉さんとおっちゃんは出立。はい、決定」
「……仕方ないな。いいだろう」
 うめくような声を出して、シーヴァスはうなずいた。
「片一方は泊めたがり、片一方は出て行きたがって。何なの? 何かあるの?」
「さあな。いや、ないない、何もない」
 思いなおしたように手を振り否定するベリーランドは、扉の方に向かって歩き出す。それを「まあ待て」とシーヴァスが引きとめ、水割りの入ったグラスを持たせる。
「せっかくの夜だ。少し酌み交わそうとは思わんのか」
 グラスを受け取ったベリーランドは、シーヴァスを一瞥し、黙ってソファに腰を下ろした。そしておとなしく水割りを飲み始める。
「酒を与えると、途端に静かになる」
 得意気にシーヴァスが言う。ナーサディアは思わず吹き出した。
「おやつを与えられた子どものようだ」
「うるさいな」
 片方の眉を上げ、ベリーランドはうめくように言った。
「ふふ」
 不意にナーサディアが笑った。
「何や?」
「独り者が寄り集まって、酒盛りしてるわ」
「……それが?」
「何かいいわね、こういうのも」
 ベリーランドは少しだけ首をかしげ、「そう?」と短く言った。
「まあ、独り者言うても、普段、こちらの若さまはアレみたいやけどね」
「アレとは何だ」
「アレとはアレや」
「ああ、アレなのね」
「あなたまで……」
 眉根を下げて訴えるように見るシーヴァスに、ナーサディアは心持ち意地悪く笑って尋ねた。
「アレな若さまは、本命さんはいらっしゃるの?」
「本命ですか……」
 シーヴァスは困ったように小さく笑った。
「残念ながら、現段階では」
「まあ。でもこういうお家なんだから、いつかはお相手を決めなくてはならないんじゃないの?」
「さあ」
 短く答えて、シーヴァスは生のウィスキーをひとくち飲んだ。
「今のところ、考えてはいないんですよ。結婚なんていうのは」
「そう」
「ええ」
「どうして?」
「どうして、って――」
 思ったよりはしつこいナーサディアの追及に、シーヴァスはひとつ息を呑んだ。
「まあ、その、自分ひとりの好き嫌いでどうこうというよりも、家の問題も絡んでくるわけですから――」
「ほう」とベリーランドが声を上げた。
「至極ごもっともな」
 ベリーランドにそう言われ、シーヴァスは、しまった、素で答えてしまったかなと思い、ひそかに自己嫌悪した。
「そういう君はどうなんだ。さっきのように、いつまでも『姪が』どうだの言っていると、寄り付く女性なんてひとりもいなくなるぞ」
「それはそれで寂しいなあ。けどまあ、おっちゃんは結婚はせんよ」
「絶対にか?」
「まあ、大概」
「相手がいないだけじゃないのか?」
「あー、そうね、それはある。って、おい」
 さほど表情を動かすことなくシーヴァスに小さく突っ込むと、空になったグラスに勝手にウィスキーを注ぎ、ベリーランドはひとくち飲んだ。
「何か理由があるのか、それ以外に」
 ちらりとベリーランドを見やったシーヴァスもグラスに口をつけた。ナーサディアが何事か思い出すように小首をかしげた。
「ねえ、そういえば、前に聞いたことあるわ。子孫がいる天使は、大天使にはなれない決まりがあるって、本当?」
 ベリーランドは、紅い眼でじっとナーサディアを見た。視線を手許のグラスに落として「誰から聞いた」と小さく言った。そしてすぐにつづけて言った。
「ラスエルか」
 その名を聞いて、シーヴァスが眼を見開く。
「ラスエル? とは、あの……」
 あの、最近インフォスに出没する堕天使のことか。
 ナーサディアはうなずいた。
「あの堕天使が、ベリーランドと同じように、天の御使いだった頃のことを、私は知っているの」
 その言を遮るように、ベリーランドの声が重なる。
「確かに大天使になれる天使は、子どもを持たん天使に限られてる。世襲を避けるためにな」
「驚いたな。天界といえども、権力問題と無縁ではないわけか」
 眉根を下げてベリーランドは笑った。笑いながら、「まあな」と言った。その顔を見て、ナーサディアが尋ねた。
「もしかして、あなた、大天使になるつもり? だから、結婚しないって決めてるの?」
 問われた天使は、まるで遠くを眺めるかのような眼をした。
「……あのね、大天使になんて、なろうと思うてやすやすなれるようなモンでもないの」
「じゃあ、別の理由?」
「あー……、いや、もうええやないか、この話は」
 白い頭を掻いてから、ベリーランドは何かの合図のように、パンとひとつ両手を打ち鳴らした。
「ひとのことより、自分のこと考えなさいや、ふたりとも」
「君に言われずとも、自分のことなら考えている」
 にべもなくシーヴァスは言う。
「まあ、とりあえず、別の話をしよう。何がいいかな」
「そういえば、あれはどうだったの。クヴァールの白い髪のひとの話」
 不意にベリーランドは鈍く咳き込んだ。
「どうした」
「いや、ちょっと気管に……」
 口許を押さえ、ベリーランドは何度も咳をする。
「さっき彼女と話していたんだ。祖母が会ったという男は、もしかすると君本人だったとしても、おかしくはないんじゃないかってね」
「ま さ か」
 と言った、その声はしわがれていた。言いながら、ベリーランドはひっきりなしに咳を繰り返した。なるほど、普通の咳き込みようではない。何かが気管に入ったとき特有の、ひどくひしゃげ、尾をひく咳だった。
「ちょっと大丈夫? 水飲まなくちゃ」
 見かねたナーサディアが新しいグラスに真水を注ぎ渡す。「悪い」とでも謝るように、右手を軽く顔の前に立て、グラスを受け取ったベリーランドは、その水をゆっくり喉に流し込む。そして、盛大にむせた。
「す ま ん」
 切れ切れにそう言うと、彼は立ち上がった。
「寝 る」
 悪い悪い、というように、ナーサディアとシーヴァスの前で腰を折り頭を下げてから、ベリーランドは相変わらずいびつな咳を繰り返して引き上げていった。
「ああ、朝食は、お客人も家人も一緒に摂ることになっている。悪いが、8時には起こしてしまうが了承してくれ」
 引き上げていく背中を、シーヴァスの声が追いかけた。右手をドアフックにかけて背中を見せたまま、ベリーランドは左手を軽く挙げ、そして出ていった。「おやすみなさい」と、今度はナーサディアの声が追いかけて溶けた。
「大丈夫かしら……」
「死にはしないでしょう」
 あっさりとシーヴァスが断じた。
「そうね。おまけに、やっぱり一応天使ですものね、あのひと」
 ナーサディアもうなずいた。殺したって死なないね、と、ふたりの意見が一致した。このときは。


 ――50年経ったのか、この世界では。
 あてがわれた自室に戻り、水を少しずつ小分けにして何度も飲んだ。幸い落ち着き、気に入りのあの白いカーテンを、男天使はまたぼんやりと撫でさすっていた。その姿は傍から見ると、おそらく滑稽極まりない。
 懐に手を入れ、小箱を取り出した。そして少しの間、蓋も開けずにじっと見て、また仕舞った。
 偶然にバザールでこの石をみつけ、何とはなしに買ってみたのは単なる一種の懐かしさと感傷ゆえかと思っていたが、それにしても買ったその日に、このように偶然が重なるものとは思わなかった。
 はぁー、と、臓の奥からしぼり出すような息をひとつ吐き、ベリーランドはベッドに寝転がった。
 ミドリ石を眺めて、いびつな感傷を少しずつ味わうだけなら良かったが、それにしても当事者と再会し、思い出そのものが半ば強制的に再び眼の前にあらわれようとしているのは、思いのほか身に堪えた。
 あのときの少女は老婦人となっていた。自分にとっては、せいぜい7年か8年、そこらの話にすぎぬ。しかも自分が守護する“勇者”たる人間の祖母であったとは、いくら何でも想像できたものか。
 ――身に堪える。
 確実にできることといえば、今はもう、まったくの他人の顔をして、明日ここを出立するだけだ。


 翌朝、ベリーランドの算段は早々に瓦解した。
 シーヴァスにナーサディア、そしてフォルクガング夫人との、朝食の席でのことだった。
 言い出したのは、ナーサディアだった。
「そういえば、昨夜うかがった、クヴァールの男の方というのは、そんなにこちらと似た方だったんですか?」
 言いながら、ベリーランドの方をちらりと見やる。彼は持っていたフォークの手を止めた。
「ええ、ベリーランドさんにはお話ししたんですけど、本当にもうそっくり。白い髪のお若い方というのは、珍しいと思っていましたから、余計にそっくりに思えるのかもしれませんけれども、いいえ、それにしてもやっぱりそっくり」
 夫人の言葉に、ベリーランドは黙ったまま眉根を下げて笑んだ。
「もしかしたら、この方本人だったんじゃないかって、お孫さんと話していたんですよ」
 冗談めかしてナーサディアが言うと、夫人は転がるような声で笑った。
「私の娘時代の話ですよ。では、ベリーランドさんは人間ではなくて、妖怪か何かということかしら」
 追従して、ナーサディアとシーヴァスも笑った。化け物ではないが、実際天使さまだ。
 すると突然、夫人は「あら、でもね」と、思い出したように声を上げた。
「やっぱりあの方は、ベリーランドさんとは別の方でしょうね、当たり前でしょうけど。そう、そうだわ、あのね……」
 考え考え言うように、夫人は首をかしげ、思い出すようにしてつづけた。
「思い出したわ。あの方、うっすらとした羽が背中についていたのですよ」
 瞬間、座が静まり返った。
 夫人がその場を見回した。
「――いやだ、年寄りのもうろくだと思われるかしら」
「いえ、そんな……」
 ナーサディアが笑顔をつくって言った。
「見間違いだったのかしら。信じてもらえないかもしれないけれど、そう、そうよ、確かに羽が見えたの、見えたのよ」
 自らの言の荒唐無稽さが可笑しいとでもいうように、夫人は笑い混じりの声でそう言った。
 またも、お追従でナーサディアとシーヴァスは笑った。ベリーランドもバツが悪そうに笑った。