自分のあげた声で、フェインは眼を覚ました。
 まぶたを開けると、部屋中がオレンジ色に染まっていた。昼過ぎにはもう宿をとり、少しのつもりで寝台に横になっていたが、気づけば既に西日が山の向こうに沈みかけている。
 彼は起き上がりもせず、天井をみつめた。
 宿の庭に大きなケヤキの木があった。ちょうど新緑の季節で、若葉の茂ったその枝先が彼の部屋の窓枠を撫でこすり、それに合わせて黒い葉影が、オレンジの天井の上で揺れてはこごる。この陽の当たり方と影の具合は、一体どこからの照り返しがつくったものだろうと、彼は考えた。答えは出なかったが、不思議に頭は冴え冴えとしていた。
 眼も、よく見えた。
 天井の端で、蜘蛛が張った扇状の網が光っていた。まばゆさに眼を細めると、彼の視覚のピントは更に絞られ、足をこそこそ動かしている黒々とした蜘蛛の姿をとらえた。フェインにはその蜘蛛の足についたこまかな毛の一本一本が、夕陽を受けてまちまちの方向に照り返しているのさえ見えるような気がした。
  しばらくして起き上がると、頭に鈍痛がひろがった。しかし、横になったときにひどく感じた寒気は幸いに薄れていた。狭い部屋の中を端から端まで歩いてみる。数歩すすんで咳き込んだが、胸の痛みやめまいは感じない。午前中に天使からもらって服したポーションのおかげかもしれない。明日はまた旅に戻れそうだと彼は思った。
 寝台横に置いた瓶をとり、水をひとくち飲んだあと、彼は床の上で丸まっている自分の上衣を拾いあげた。身体に掛けて寝たつもりが、いつのまにか落としてしまっていたらしい。夕照にあぶられたその色に、ひどくなつかしいような、かなしいような気持ちをおぼえた。目地のつまった上衣は、寒い冬に洗うとなかなか乾かず、妻はいつも夕陽が照る時間まで外に広げて干していた。そして陽が落ちきる寸前を見計らい、落日と競争するように急いでとりこむのだ。病弱だった彼女が床に伏しているときには、フェインは必ず暗くなる前にとりこむようにと言われ、素直にそれに従った。
 何故妻がそんな指示を出したのか、彼は彼女を失ってから理解した。自分で洗い、外の干場に一日干しっぱなしにしたあと、暗くなってとりこんだ上衣に初めて袖を通したとき、そのかたく締まった繊維から冷え冷えとした何かが、肌を通りこし身体の芯まで伝ってくるようにフェインは思った。彼は、妻は夕陽を上衣にとじこめてくれていたのだと悟った。あの、地上でもっともうつくしいとも言われるブレメース島の、胸にしみいるような夕陽のぬくみを。
 だが、その妻はもう彼のそばにはいない。
 フェインは上衣の左の肩口をまさぐった。身頃とのはぎあわせ部分が数センチに渡ってほつれている。夢ではなかったのかと、思わず嘆息した。手甲の金具をひっかけて破るだなどと、我ながら情けないことをしたものだとガリガリ頭を掻いた。拍子にまた鈍痛が走って咳が出る。胸を押さえて寝台に腰かけ、破れ目をしみじみと眺めた。
 彼には、夢の中でもここを何かに引っかけて破ったような記憶があった。そのとき思わず叫んでしまったのだ、命の危機でもあるまいに。その理由が、眼の前にあった。
 破れた肩口には、以前一度補修されたあとがある。生地より一段明るい色の糸で縫われているから、すぐわかる。これでは縫い目が目立ってしまう、ただでさえ自分の腕では表地に出ぬように修繕するのは難しいのにと、妻が言ったのをフェインはよく憶えている。生地になじむ色の糸を買ってこようかと彼女は思案顔で言ったが、彼は、そこまでしなくていい、すぐに着たいからと笑って流した。
 彼女が残した縫い目を、フェインは指でたどたどしくなぞった。
 やがてほつれの部分にさしかかると、彼の指はひとりでにピクリと弾かれてとまった。まだ生き残っている目の端からは、ほどけた目の分の糸が飛び出ていて、フェインの呼気に薙がれ震えている。意識していたつもりはなかったが、この縫い目を切らさないようにという思いが、いつでも自分の心の中にあったのかもしれないとフェインは思った。確かにあったのだろう、現実に切ったとき、そして夢の中で切ったとき、自分がひどく傷ついたような気がしたのだ。身体はどこも怪我していないのに、胸のうちのどこかがぱっくり割れてしまった気がした。それでも数日、様子見のつもりでそのまま着つづけた。当然身体を動かすほど縫い目の糸は少しずつほどけていって、肩にはとうとう割れ口が見えるようになった。それからは何を着こんでも暖かくならず、何を食べても胎がぬくもらないように思えた。そうして彼は一気に風邪を引いた。昼日中から夜具にもぐりこむ羽目になった。
 フェインは上衣のポケットを探る。宿の帳場で、紙にくるんだ針糸を借りておいた。ほころびもここまで来れば、嫌でも自分で何とかせねばなるまい。むしろ遅すぎた。
 包みを開けて、思わず息を飲んだ。中から厚紙の芯に巻かれた糸を取り出して、上衣のくだんのほころびのあたりに当ててみる。妻の縫い目と、ほぼ同じ糸色であることに彼は戸惑った。そのまま針を取り出すのも忘れ、ただ糸をみつめながら立ちつくしていた。
 どれくらい経っただろう。気がつけば、部屋を染める残照の中に青い薄闇が混ざっていた。ふと窓に眼をやったとき、薄い星の浮かんだ空の中から水色のこぶし大のものが泳ぐように飛んできたかと思うと、急ブレーキをかけて止まり、コツコツと窓枠を叩いたのだった。
 フェインは、「あぁ」とだけ答えると、眼だけでそれを中へ促した。水色の塊は、それとほぼ同時に窓の内側へぴょんと飛び込み、
「あは、こんばんはですぅ」
 と言って、ぺこんと大きなお辞儀をひとつした。ペンギンの着ぐるみから顔だけ出した妖精・フロリンダであった。
「どうですかぁ、お風邪の方は……」
 気遣わしげに声をひそめるフロリンダに、フェインは「大過ない」と答えたが、その拍子にせりあがってきた咳でむせてしまった。
「わー、いけませんいけませんですよぉ、ちょっとタイカあるかもしれませんねぇ」
 不思議な言い回しをしながら腕をばたつかせてフェインの手許までやってきたフロリンダは、ふと眉を寄せて険しい声をあげた。
「んん~? んんん~? もしかするとフェインさま、お針仕事しようとかなさってませんですよねぇ~……?」
「しようとか、思って、いたが……」
 フロリンダの顔に明らかな諌めの色を見たフェインは、不覚にも少々たじろぎながら小さく答えた。
「ダメっ! それはダメったらダメですよぉ! 具合悪いときに眼をつかって肩つかって、もう最悪なんですからぁお針仕事はぁ。治るものも治らなくなっちゃうですからぁ、やるなら具合よくなってからです、ジョーシキですよぅ、ジョーシキ!」
 フロリンダは熱弁をふるいながら、ペンギンの掌でフェインの肩をぺしぺし打ちまくる。この妖精の自分への接し方が、だんだん気安くなってきているような気がフェインにはする。確かに自分にとっても、彼女が妖精の中で何故か一番テンポが合う相手のようにも思われるから嫌気などはささないが、それでも暴力一歩手前のこの叩き方には正直参った。頭がクラクラして、思わず寝台に尻をついてしまった。
「わぁ、どうしちゃいましたかフェインさま、ノーシントウですか、ヒンケツですか、痛かったですか」
 おろおろと周りを飛び回ってから、膝にとりすがるようにして謝罪するフロリンダに、彼はよろよろと片手を上げて答えた。
「大丈夫だ。さすが戦闘で一番頼りになるだけあるな」
「すみませぇん……」
 謝りながら、フロリンダはフェインの膝上にまで浮いてきて、彼の手の中の上衣をじっと見た。
「フェインさまぁ、そのお洋服の肩のところ……」
「あ、あぁ。なに、ちょっと不注意でな」
 フロリンダは、腕組みをして口をすぼめた。
「フロリンが見た限りではぁ、そこって、お針仕事に慣れてないと、ちょっと難しいところだと思いますよぉ……。平面じゃなくて、筒になってるところですからぁ、布目をすくって縫わないといけませんしぃ、おまけに身頃との連結部ですからぁ、布の重ね目が分厚くて針通りもよくないですしぃ、あと縫い糸ひっぱりすぎちゃうと、すぐつっぱっちゃって変になっちゃうと思いますしぃ……」
 急に饒舌になったフロリンダの言葉を拾いきれず、フェインの耳はウサギの鼻のようにぴくぴくとうごめいた。
「すまないが、もう一度言ってくれないか」
「じゃあ~、もう一回まとめて言いますぅ。ここは、ちょっと、難しい、ですよう」
「なるほど、わかった……。フロリンダ、君、詳しいのだな」
「えっとぉ、これ」
 フロリンダは何故か頬を赤くして、自分の腕を差し出した。
「フロリン、自分で型紙から起こしてつくりました。おうちには、リスもあります、ウサギもあります、まだまだつくる予定ですぅ。こう見えて、お針仕事には自信ある方ですよ」
「型紙……。俺にはどうやったらいいのか、想像もつかないな」
「えへ、そぉですかぁ……。えへ、えへへ……」
 口をもぐもぐさせてにやけていたフロリンダは、ふと、眼が覚めたように神妙な顔つきになった。
「本当でしたらフロリンが、フェインさまのお洋服もちょいちょいって直してさしあげたいんですけど、さすがに人間サイズの針を使ってはぁ……」
「あぁ、そうだろうな。気持ちだけで十分だ。何とか自分でやってみよう」
 うなずきながらフェインが微笑すると、即刻フロリンダはかぶりを振った。
「だいじょぶです、いますよ。ぴったりの、お・は・り・こ」
「うん?」
「天使さまですよぅ、ハナカズラさま!」
「えぇ?」
 とフェインが声を上げたときには、既にフロリンダは窓近くまで転がるように飛んでいっていた。
「フロリン、ちょっくらひとっ飛びして、ハナカズラさまを呼んできますねぇ!」
「ま、待て! その、天使にそんな、つくろいものなど」
 慌てて呼びとめたフェインに、フロリンダはくるりとふりむいて着ぐるみの腹をポンとたたいた。
「心配いりませんよぉ、うちの天使さまは、フロリンが認めるくらいお針仕事はイケてます。フロリンが自慢できるハナカズラさまのみっつの特技のうちのひとつですから」
「いや、それはそれでいいんだが、そういうことではなく」
「ハナカズラさまはああ見えて、手先だけは器用なんですぅ。あとはー、ごはんをいっぱい食べることができるでしょ、それからベロを口から高速でレロレロ出し入れできるでしょ」
「いやだから、俺が言いたいのは、天使に身の回りの手伝いをさせるというのはいかがなものかという」
「ちなみにベロを素早く動かせるひとはぁ、むっつりスケベだって説もあるらしいですぅ。だからフロリンはできませんよぉ。それじゃあ、行ってきまーす」
 取りつく島もなく飛び去っていったフロリンダの姿が、星の散った紫の空の中に溶けて見えなくなると、フェインは肩を落として座りこんだ。何となく、舌を素早く動かしてみる。意外とできる。彼は口許を押さえ、またいっそう肩を落ち込ませた。

 やはり今日は眼がよく見えるとフェインは思った。耳もよく聞こえるように感じる。すっかり暮れきった空の奥から、深々とした夜の影が見え、音が聴こえるような気がしたのだ。山のねぐらで身を寄せ合う鳥の真っ黒な輪郭、食事に向かうアオバズクの羽音。朽ちかけた空家のそばをすりぬけて光る猫の眼は、誰かの指から落ちて海底にしずんだ宝石にきっと似ていてかなしい。
 いや、実際に今視界の中にあるものを「見て」「聴いて」いるばかりではなく、自分の五感が遠くのものまで引き寄せてきているかのような、そんな気持ちさえ彼にはするのだった。
 だからだろうか、女天使がやってきたときも、彼にはすぐわかった。暗空の中から黒い何かが生え伸びたように見えた瞬間、それは彼女がなびかせている黒髪なのだと気がついた。やがて上下する白い羽根が見えたと思ったら、もう次の瞬間には人影が窓の外にあった。フェインは彼女の姿をはっきり確かめようと、あわてて卓上ランプに灯をともした。
「こんばんは」
 窓の横枠に右手を、下枠に右足をかけた状態で天使は辞儀をする。頭の上でひとつに結いあげられている髪の束が、空気を切って上下した。と思ったら、彼女はするりと部屋の中へ滑り込み、つかつかとフェインのそばまで歩み寄ってきて、
「ふむ」
 と、大きな黒い眼で、彼の顔を検分するようにじっとみつめる。
「ポーションは、お召しになったのか?」
 咎めだてするような声ではない。が、パーツパーツがくっきりした顔でにこりともせずに言われるので、フェインは何とはなしに責められているような気分になった。
「飲んだ。大分よくなった、おかげさまで」
「そうか」
 フェインの答えに天使はすっと眼の端をまるく和ませて、
「重畳じゃ」
 と言うと、ニッと歯を見せて笑った。左右の犬歯が妙に目立っていて、何だか昔ブレメース島の顔なじみが飼っていた、あまり頭はよくないけれど人懐こかった短毛犬を彷彿とさせるので、フェインは少しほっとする。黙っていれば端正ともいえる、しかも初めて会ったときには男か女かよくわからないとすらフェインが思った彼女の顔は、こんなふうに割合すぐに、張っていた糸が緩むみたいに頓狂なものになる。
「あぁ、そちらか」
 天使は、すっと流すようにフェインの手の中に眼をやると、爪を伸ばしている指など一本もない右手をさしだして、
「縫おう」
 と事もなげに言うので、フェインは咄嗟に頭を高速で左右に振った。フロリンダから聞いているのだろう、話が早くてよいのだが、そもそもフェイン本人からの依頼でもないのに早すぎて困る。
「いや、世界を守護する天使の手を、こんな繕い物なんかで煩わせてはいけない」
 振ったためにまた痛み出した額に手をあて、フェインはしぼりだすような声で言った。
 何故か天使は「ぶっ」と吹きだすと、大口をあけておもしろそうに笑った。
「では、どなたならよい? 『煩わせて』もかまわぬ方とは、いったいどなたじゃ」
 ぐっとフェインは言葉に詰まった。そんな訊き方をされると、繕い物を誰になら押しつけてもよいとして軽んじているのかと訊かれているようで、返答に困る。
「それはそうと、今向かっていただいておるレンボルクじゃけれども」
 ふと、天使が思い出したように話題を変え、ふところから何かの紙切れを一枚出してきたので、フェインも顔を上げた。
「ごらんあれ、酒場の割引券。この前別の『勇者』から、どなたかレンボルクに行かれる方がおいでたら活用してくれということでもろうておって、身共忘れておったんじゃよなー。ということで、これはフェインにさしあげる」
 脈絡なく眼の前に現れた割引券を、フェインは、
「あぁ……」
 と気の抜けた声を出して受け取った。券が右の掌にのせられたとき、何か細い筒から出たような風が一瞬かすっていったみたいな気がしたと思ったら、それまで左手に持っていたはずの上衣がなくなっていた。
「聞くところによるとその酒場は、えらく大きなソーセージが名物ということでのう、噛むと肉汁がジュワァっとあふれて、またそれが、酒に良し、パンに良し、サラダに良しと、実に走攻守そろうた運動選手のような――」
 にやついた顔で言いながら、口の端を右手の甲でちょっとぬぐった天使の左の手の中に、くだんの上衣はあった。フェインが思わず、「あぁっ」と声をあげると、天使はあわてたように、
「よ、よだれはつけておらぬ、ご心配召されるな!」
 と、大きな声でことわった。そして上衣の肩口を見て、瞬時に真顔になる。
「ここか。なるほど、これは早急に直さねば、次に腕をお入れになったとき、いよいよ崩壊の度合いは増すな」
「だろうな……。わかっている」
 フェインは苦虫を噛んで言った。天使が肩口の破れた縫い目をじっと見ていることに気づき、何だかいたたまれなかったのだ。
「前に修繕してくれた者が、裁縫はあまり得手ではなくてな」
 天使の先回りをするつもりでフェインは言った。彼は自覚していなかったが、妻をかばう気持ちが働いたのかもしれなかった。
「不得手? いや、そうではなかろう。お針仕事の御心得がおありの方とお見受けする。ほら、この縫い目」
 そっと天使は肩口の縫い目をなぞってみせる。
「三針か四針ごとに、二針ずつの半返しが入っている。全部並み縫いにするよりよほど丈夫になることを、ご存じの方のお手じゃ」
 天使の意外な言葉に、フェインは一瞬大きく眼をみはった。
「……そうなのか?」
「うん。それに糸は二本どり。頑丈に繕おうと深慮されておるよな、この方。ちなみにフェイン、わごりょ右利きでいらしたか」
「ん、ああ、そうだが」
「お荷物背負われる際、右腕からお入れになるじゃろう、カバンの肩ひもに」
「まあ、そうだな……」
「先に右腕をお入れになって、その右を支点にして次に左腕をお入れになるわけで」
 フェインは小さくうなずいた。
「なるほど、左袖の方が必然的に、よりひっぱられると言いたいんだろう」
「そうそう。左腕はひもに入れてから、もじょもじょ動かしてひっぱるじゃろ、肩口がつっぱったりしておると」
 だから左袖は傷みやすいわけで、修繕者の腕が特にまずかったわけではないと、天使は言いたいらしかった。なぜ天使がそんなふうに、見も知らぬ「前任者」をかばってくれるのか、フェインにはよくわからなかったが、一方で、なんとなくわかるような気もした。ひとは、自分がよく知りもしないのに知っているという見栄をはっている分野のことであると、虚栄心から他人を下に見たりけなしたりしがちだが、逆に自分が確かな素養を持って地道にとりくんでいる分野のことであれば、必要以上に他者に対して辛辣になることはない。認めるべきところを的確に見出し、褒めることだってできる。魔導の世界だって同じことだ。弱い犬ほど吠えるとはよく言ったもので、そういう輩はフェインが出入りする魔導士ギルドにも数人いる。
「フロリンダも相当だと思ったが、君も、裁縫にはくわしいようだな」
 天使は苦しげに喉の奥で笑った。
「ちがうちがう。くわしいのではのうて、慣れておるだけ。料理の方面がからきしダメでな、身共。ならばせめてということで、針仕事全般、叔父に仕込まれたわけじゃ」
「包丁もハサミも針も、同じ刃物にはちがいないだろうに」
「それが案外、剥いだり刻んだりよりも、縫うたり編んだりする方が自分の性分に合うておるらしゅうて。苦ではないから、割と頻繁にやるよ。フロリンダと出会うてからは特に」
「呼びましたかぁ~?」
 不意に窓の方から声がしたので、フェインと天使が一斉にそちらを見ると、フロリンダがぴょんと部屋の中に飛び込んできた。何やら自分の身体と同じくらいの大きさの巾着袋をひきずっている。
「ラキア宮にあった手縫い糸、かきあつめて持ってきましたよぉ。どの色がよいですかぁ?」
 フロリンダがさし出した巾着袋から、天使は糸巻きをひとつひとつ取りだしながら、かわいた声で笑った。
「さすがにショッキングピンクやらパステルグリーンはなぁ……」
「でも意外とゼンエー的で、三周くらい時代がまわればおしゃれかもしれませんよぉ。しかも片袖だけというのがポイントですぅ」
 それはない、という意味で、フェインは虫を払うように手を振った。
「ふむ、これはいかがか。このお召し物とほぼ同じ色合いではないか」
 天使は糸巻きをひとつかざしてから、フェインの上衣にあててみせた。
「わっ、それにきまりですねぇ、ぴったりですぅ」
 フロリンダはぼふぼふと手をたたいて賛同したかと思うと、即座に巾着袋から平べったい銀色の缶をとりだし、
「へいっ、大将っ、いつものお道具持ってきやしたぁっ」
 矢庭に威勢のよい声をあげ、天使にその缶を渡した。
「おっ、フの字、気がきくのう。それじゃいっちょ取りかかるとするかい~」
「がってんですぅっ」
 一体何の寸劇かと首をかしげるフェインをよそに、天使とフロリンダは缶の中から針山を取り出して、針の数を数えたりしている。
「何か手伝うことはないか」
 手持無沙汰にたまらず尋ねたフェインに、天使はすぐ、
「ない。おやすみになっておれ」
 と、顔も上げずに言った。
 鼻息をついて、フェインは寝台に腰かけた。そうして天使の膝の上で広げられている上衣を眺めた。まるで、外科手術を受ける我が子を見るような気持ちがした。「親」になど、なったこともないというのに。
 「子ども」と頭の中で反芻して、フェインは軽く眼を閉じた。自分に子どもなどいるはずもないが、いないからこそ、もしいたとしたら今頃どうしていただろうかと考えたこともある。だが、何度試みてみても、自分が子どもを育てながら日々を生きている姿など、一度も想像できなかった。本当は自分でわかっているのだ。自分が思いを馳せているのは、「子どもとどう暮らしていただろうか」ということではない。もし妻との間に子どもがいたならば、自分のあの「行為」を正当化できたのではないかと、頭のどこかで考えているにすぎないのだ。我が子が母を失うのは不憫だったからという論理で、自分のあの行為に理由づけすることができたかもしれない、と。
 フェインは眉間を指で強く押した。またズキズキと痛くなってきた。心底なさけない男だと、自分を呪った。よく考えなくともわかることだ。子どもの存在を大義名分にして、自分がやったように妻を生き返らせていたとする。そうであれば、きっとその子もつらい思いをしながら生きていかねばならなかったろう、あのセレニスの存在を知れば。そんなことはわかりきっているのに、それでも架空の子どもを思い描き、自分の行為に幻の正当性を求めようとする。
「おしまいだ」
 口の中でフェインはつぶやいた。自分より非力なものを利用するようになったら人間は終わりだと、自分の胸に言った。
「何かおっしゃったか?」
 天使が、まだ糸の通っていない針をつまんで尋ねた。
 フェインは顔をあげ、もう一度天使の膝の上の上衣を眺めた。天使は妻の縫い目を全部ほどいて修繕するのだろうか。そうかもしれない、途中で切れた、しかも布になじんでいない糸色の縫い目など、残しておく必要はないだろう。彼は何か言おうと口をあけたが、そのまま喉奥で空気をゴクリと飲んで、無言のまま口をとじると、ゆっくりかぶりを振った。
 天使は彼をじっと見ている。
「ふむ……。くどいようじゃが、おやすみになるとよい。その間に修繕を済ましてさしあげる」
「眠くはない」
「いや、おやすみになれ。お顔色が芳しくない」
 やわらかいような、それでいて冷たいような声音で天使は言い置くと、寝台に近づいてきて、オレンジ色の液体が入った小瓶をさしだした。
「ひとには『自律神経』なるものがある。心の芯にあるものが、熱くもなり、冷え固まりもし……、つまりは人間は、己のうちにマグマも氷山も有しておるようなものじゃ。それが無言の声となり、身体にあらわれることがある。皮膚や臓物がすこやかであっても、心の声の方がときに勝る」
 まわりくどい天使の言い回しに、なんだか胸の内を見透かされているような気がして、フェインは思わず顔を強くしかめた。
「何を言いたいのかしらないが、俺のはただの風邪だ。暖かくなったと思ったら、急に寒の戻りがあったりするからな」
「そうか? 感冒程度なら、一度ポーションをお召しになればただちに癒えるはずじゃ。ポーションで癒えぬのは、身体の風邪ではない、心の風邪」
 フェインは苦笑した。「心の風邪」はよかったな、と思った。確かに上衣が破れてから、心の中にもスースー冷気が入ってきているような気持ちがする。
「面目ないが、身共はポーションを供することしかできぬ。お身体の風邪の駆逐は受け持とう」
 ゆっくり眠れるようにするポーションだ、と言って、天使は小瓶を持った手をさらに前へさしのべた。フェインは眼を伏せて小瓶を数秒眺めると、天使の手の中から、静かにそれをつまみあげた。
 天使は少しだけ眼を細めたように見えた。そして、特に未練の様子も見せずに踵をかえし、フロリンダがいる木椅子の方へ帰っていった。

 オレンジ色のポーションを飲んでからフェインが思ったことは、やはり今日は耳がよく聴こえるということだった。
 寝台の上で横たわり眼を閉じていると、天使とフロリンダの会話の声が、長い長い海岸線を歩くときに聞く晴れた日の波音のように、寄せては返し寄せては返ししてつづいていく。ふたりはフェインを慮ってか、相当に声を低めているようだが、発される言葉はフェインの鼓膜のあたりまで細やかに届いてくる。その声の外側に、窓の外の物音が存在している。ケヤキの木が葉をこすりあわせ、仕事を終えたロバが空っぽの荷車を引いて石の上を歩いていく。その上で、月がシンと照る。月に音などあるわけがないが、フェインには初めて聴こえたような気さえしたのだ。
 閉じたまぶたの上で、ランプの赤い火影が揺れる。その震えに合わせて、また天使とフロリンダの声が聴こえる。火影も声も、眼の端に沁みるようだった。こんな夜は、いつぶりだろうとフェインは思った。まぶたをぬくもらすささやかなともし火と、自分のためにひそめられた女の声、それを感じながらうとうととまどろんだ日が自分にもかつてあったということを久しぶりに思い出し、彼は一瞬きつく顔をしかめたが、次第に顔全体の筋肉の力を抜いた。
  相変わらず耳は、やたらによく聴こえる。そして夜の風のにおいが鼻を通り、身体の隅々にまで静かに染み入っていく。世界は昨日までと同じはずなのに、今日は昨日とは違う何かに自分が包まれているような気がする。世界が違うのではない、自分がその「何か」に気がついていなかっただけなのだ。このまま眠ってしまいたいとフェインは思った。そして次に目覚めたときには、その「何か」のひとつひとつの姿かたち、声、温度を把握したいと望んだ。明日、眼が覚めれば、ひとつひとつを丁寧に時間をかけて感じとろうと心に決めた。
 明日、眼が覚めれば。
 その言葉を、フェインは呪文のように胸のうちでつぶやいた。そのとき不意に、風の中に苦い若葉のにおいがして、思わず息をつめた。若葉のにおいはどんどん強くなり、むせかえるほどに感じられた。
 フェインはまぶたの裏で妻の姿を見た。毎年木の芽どきの生温かい風が吹く日には、妻は体調を崩して横になっていた。フェインはよく、その日咲いているのをみつけた花の枝を手折って枕元に持っていった。不思議なことに妻はいつでも、彼が背中に隠したニセアカシアやユキノシタを、においだけで言い当てた。驚く彼の顔を見て、おもしろそうに笑っていた妻の声を思い出しながら彼は思った。妻の澄んだ嗅覚は、病人特有のものだったのではないかと。自然にあるあらゆるものを取り込んで消化するにはあまりに非力な身体には、その代わりに研ぎ澄まされた精神が宿るのだ。自分の今日の聴覚も嗅覚も、身体の不自由さがもたらしたものではないかと彼は悟った。冴え冴えとした、不思議にかなしい、それでいてどこまでもどこまでも泳いでいける気がする、広く冷たい水の世界に浮かんでいるような感覚だった。
 そんなくもりのない世界を見ていたであろう妻を、そのままにしてやらなかったのは誰だという声が頭の中で響いた。仕方がないじゃないか、と彼は思わず反駁する。明日だ。明日があると思っていたのだ。当然のように明日が来ると思っていたのが、突然彼女には来なくなった。その明日を取り返そうと思ったのが、そんなに悪いことだったのか。
 大声で反論しているはずなのに声は出ていなかった。嗄れきった喉を押さえて、フェインは空を見る。どこの空かはわからない。ブレメース島の夕陽の色も混じっているし、自分ひとりきりで旅した先の曇天の色も混じっている。しかしどの色も、まがまがしいほど鮮やかだった。その空の雲の上から、大勢のひとが彼を見ていた。ああ、あのひとたちは、澄んだ精神で死んでいけたひとたちなのだとフェインは悟った。人間らしく、普通に死んだひとたちなのだと。もっと生きたくても生き返ることはできず、そういう意味では無念だったかもしれないが、少なくとも誰かの意志によっていびつな生命を与えられたりはしなかったのだ。たとえ明日がなくなっても、不自然な明日を不自然に生きることはなかった、うつくしい死人なのだと。

 フェインが身体をぴくりとも動かさなくなったので、フロリンダは彼の口元まで飛んでいって呼吸を確認した。
「みかんポーション、とっても効いてるみたいですねぇ」
 天使は作業している手元に落とした目線をあげずに、「そうか」と答えた。
「はいぃ、ぐっすり眠れば、フェインさまもきっとすっかりとっても具合よく――」
 ふと、フロリンダはフェインの顔をみつめたまま口をつぐんだ。
「どうした?」
 天使の問いにフロリンダはぱっとふりかえり、
「なんでもないですぅ。フェインさま、明日はきっとお元気になりますねぇ」
 空気を掻くように天使のもとへ戻っていった。彼女は天使には言わなかった。フェインの閉じた眼の端が涙に濡れていたように見えたけれど、それは黙っていようと思った。誰だって、かなしい夢や怖い夢を見ることはある。強靭そうに見えるフェインだってきっとそうだ。彼の夢の内容を、他人が想像したりするものではない。夢は見ている本人だけのものだ。だって、その夢がフェインにとってどんなにつらく苦しいものであろうとも、他人がどうにかしてやれるものではないのだから。
 フロリンダは、自分がフェインの涙を見てしまったことに罪悪感すら覚えた。悪いことをしてしまったなと思った。
「いかがか? 縫い目が見えておるところはないか?」
 手を止めて修繕箇所を見せてきた天使に、フロリンダは大きくうなずいてみせた。
「はしご縫いにしたですね? 縫ってるところ、全然わかんないですぅ」
「はは、『天衣無縫』ではないが、天使が修繕したあとが出張っておっては、申し訳ないからな」
 笑って天使が言ったその言葉の意味を、フロリンダは少しだけ考えた。天使も妖精も、人間の眼には本来見えるべきものではないのであって、そうすると、その天使の手によるものすべても、見えるべきではないという意味かもしれないと彼女は思った。
 この世には、本来的に見えるべきでないものがある。その逆に、見えているべきものもある。
 フロリンダは、天使の手の中にあるフェインの上衣をじっとみつめた。そしてそっと手を伸ばし、切れてしまっている「誰かの修繕跡」の糸に触れた。糸の先は、ほんのりとあたたかかった。
「ハナカズラさまぁ……、この糸、あとで抜いちゃうですかぁ……?」
 詮無いことを訊く虚しさに、フロリンダの声は細くなった。
「抜いちゃうですよねぇ……。だって、だってもう切れてますもんねぇ……。色だって、ちょっと、かなり、布と違うですもんねぇ……」
 フロリンダには、自分がなぜこんなことを言うのか、よくわからなかった。ただ、わかるような気がしていたのは、この縫い目は切れたくて切れたのではないということ、そして、この縫い目を施した主は、フロリンダの想像の及ばぬくらいにフェインのことを想っていたということだった。針目はたどたどしく、糸色も妥当とは言い難かったが、それでもフロリンダには触れるとわかったのだ。あらゆる災厄から、フェインが守られますように。どこに行っても何をしても、最後には彼が自分の信じる道にすすめますように。そんな願いが糸の端からこぼれおちてくるようだった。
 天使は、うつむいたフロリンダをじっとみつめていた。やがて彼女は縫いかけの糸端から針をすっと抜いて、
「こちらの縫い目は、ひとつ役目を終えたのじゃ」
 と、切れた縫い目を指しながら言った。そして針を針山に刺し、静かにつづけた。
「ただし、『役目』はひとつきりとは限らない。身共には、この縫い目はつくれない。多分誰にも、この縫い目の代わりになる縫い目はつくれない」
 フロリンダは顔を上げた。天使は少し眼を細めて、卓上ランプの灯りを見ている。フロリンダは自分の顔がくしゃっとつぶれるのを感じた。それを隠すように、とびあがって天使の肩にとりついた。
「どうした」
 いぶかしがる天使に、フロリンダはまだ顔を隠して言った。
「ハナカズラさまは、お針仕事がわりかし得意で、ごはんをいっぱい食べられて、それからベロをレロレロできるだけの天使さまじゃなかったんですねぇ」
 天使が咳きこんだ。そして心外そうな声で言った。
「何じゃ急に。わごりょ、身共をそんなふうに見ておったのか」
「でもぉ~、ほんとうのことですよぉ」
 自然と顔がにやけてしまうのをひそかに抑えながら、フロリンダは心の中で付け足した。
『あと、フロリンとおんなじように、この糸を”感じる”天使さまだってこと、知りました』
 フロリンダは、そっと顔を上げた。天使は切れた縫い目をじっと見ていた。これを縫ったのは誰だろうと、詮索する言葉も発さずに、ただ眺めている。それがフロリンダには、なんだかとてもうれしかった。自分がフェインの涙について黙っていたのと同じ理由で、天使も縫い目の主について何も言わないのだと感じた。
 天使はまた針をとり、糸を穴に通すと修繕を再開した。「はしご縫い」と呼ばれる、縫い目が布地に埋まって隠れる方法で布目をすくい、1ミリ1ミリすすんでいく。その様子に、フロリンダは、足跡を少しも残さず空気のように飛び歩いたあと発っていく鳥を連想し、そしてなぜか、死期を悟り自分の生きた跡を片づけ消していく人間をも想起した。
「ハナカズラさまぁ……」
 小さな声で、彼女は天使を呼んでみた。
「んー?」
 天使は針から眼を離さずに返事した。
「その切れた縫い目……、どうやって処理なさいますかぁ? 端っこ、出てる分ちょっとしかないです。玉留めできないです」
「確かに針に通しての玉留めは無理じゃな。まあしかし、玉留めにこだわらぬでもよい。とにかく裏に出して結んでしまえば」
 天使が納得したように大きくうなずくので、フロリンダは眉を寄せた。
「結ぶって、けど、結べるほど端っこ出てませんよぉ。もっとほどいて糸端長くするんですかぁ? でも、そうすると」
 縫い目がほとんど残らなくなってしまう、と言いかけたフロリンダに、天使は含み笑いをした。
「身共の手ではな、もちろん結べぬよ。じゃから身共は今、わごりょがここにおいでることを幸いじゃと思うている」
 フロリンダは、眉をさらに寄せて数秒間考えた。そして自分の着ぐるみにくるまった両手を開いて顔の前にかざしてから、ぽんと横っ腹をひとつたたくと、すぐさま着ぐるみを脱ぎ始めた。

 フェインが眼を覚ましたとき、陽はもう完全に高くなっていて、遠くの山の方から槌で木を打つような音がかすかに響いていた。それはアオゲラが小虫を求めて杉の幹に穴をあけている音だったが、その日のフェインには、そこまでこまかいことはわからなかった。
 寝台から起き上がり、身支度をする。身体は隅々まで血がゆきたわっているようであたたかく、頭にも余計な重さがなくすっきりしていた。
 木椅子の上にたたんで置いてある上衣を手に取ると、フェインは左の肩口を確かめた。前日修繕したところを念入りに見る。我ながら、うまくできたものだと思った。はしご縫いといったか、天使から教えてもらった縫い方で初めて縫った。そうだ、借りていた針糸を宿の帳場に返さねばと思い、上衣のポケットを探った。紙の包みをさぐりあて、ほっとする。同時に不思議な感覚をおぼえた。自分は昨日、この紙の中の針と糸をつかって修繕をしたはずなのに、その実感がまるでないのだ。
 フェインはポケットに手を突っ込んだまま、しばらく身じろぎもしなかった。窓の外の木を打つ音はやんでいた。彼はそれには少しも気づかなかった。
 ふと、上衣の肩口にまた眼を落とした。知らずのうちに、彼は小さく息を漏らした。あの切れた縫い目が残っていた。この糸端を裏に出して、小さな結び目をつくって留めた記憶はあった。布の裏に手をまわしてみると、まさしく記憶のとおりの処理がなされていた。が、彼にはまたこの作業を自分がしたという実感がやはりなかった。
 窓から花のにおいのする風が吹き込んできた。そのにおいを、フェインはブレメース島でもかいだおぼえがあった。ニセアカシアのかおりだった。彼が手折ってきた枝についた蝶型の白い花に、鼻先をうずめるようにしていた妻の姿を思い出す。
 この記憶の「実感」は確かにあったので、彼は少なからず安堵した。この先、たとえどんな記憶を失くそうとも、妻との生活の記憶だけは失くすわけにはいかないと思った。いつかどこかの世界でまた彼女と会えたときのために。詫びて許しを乞う、そのときのために。
 風が強くなってきた。部屋の中で、何かの紙切れが舞った。ひろいあげてみると、酒場の割引券らしかった。彼は、口を手の甲で拭っていた天使の姿を思い出した。急に空腹をおぼえた。何を食べようかと思案しながら、ふと、舌をすばやく口から出し入れしてみた。やっぱり上手にできる。
「世の中の人間の大半は、できるんじゃないか……?」
 むっつり何とかというフロリンダの言を思い出し、フェインは眉根を寄せて舌をうごかしつづけた。そのとき不意に、窓枠が軽やかにたたかれた。フェインはあわてて真顔に戻り、窓の方をふりかえった。

・ 夕の片糸/終 ・



 お読みくださってありがとうございました。なんとなく、恋とか愛とか関係ない話を書きたいな~という気持ちで書きました。

 ちなみに高速舌レロレロは、私もできます。あと、フェインのローブ(というと、私はバスローブをどうしても想像してしまうので、「上衣」と書きましたが)の肩口の構造は、ご想像にお任せします(笑)。ハナカズラがしたように、はしご縫い(まつり縫いの一種)で縫うとなると、表からだけでは弱いので、裏からも縫っておかないといけないと思うのです。しかしそうなると、あのローブのぬいしろはどうやって処理されているのか(ロックミシンはないはずなので、バイアス処理されているか、或いはぬいしろを三つ折りした上で縫われているか)、はたまた裏地がついているのかという疑問が生じてきますが、そういったもろもろはスルーをお願いします。